大判例

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名古屋高等裁判所 昭和27年(ネ)267号 判決

控訴費用は之れを三分し其の一を控訴人、野呂政一の其の二を控訴人井ノ口彌三郎の負担とする。

二、事  実

控訴人等訴訟代理人は原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は控訴代理人に於て本件手形を振出すに当り控訴人等と手形受取人たる訴外森田稔との間に同訴外人が富田証券株式会社に対して有する債権と控訴人が右会社に負担する債務とを差引清算することの諒解成立し之れに基き手形を振出したとの原判決認定の事実は証拠である帳簿に記帳された日時及証人森田稔同森田俊雄の各証言の間に不自然不調和の点あつて到底信ずべからざるもので此の点を重視すべきものであると述べた外原判決の摘示事実と同一であるから茲に之を引用する。

<立証省略>

三、理  由

案ずるに被控訴人主張の請求原因たる事実は控訴人等の自認するところであるから控訴人の抗弁に付いて審究すると控訴人は本件手形の裏書は手形上の権利を移転する効果意思のない裏書であると主張するけれども、原審証人堀口七郎同野呂光雄当審証人矢田平蔵の各証言其の他控訴人の全証拠を綜合しても右事実を認めることは出来ないのは勿論本件裏書は単に手形金の取立を目的とする信託的譲渡であるとの事実も原審証人豊田倉次郎同森田稔の(第一、二回)の各証言に徴し之れを確認することは出来ない。然しながら本件手形裏書の内には被控訴人の主張自体に依るも満期日後の裏書であるものもあるのであるから控訴人等と訴外森田稔との間の手形振出の原因事由は手形金請求の拒否に重大な関係があるので此の点に付いて審理を進めると、本件手形は訴外富田証券株式会社に対し控訴人等が債務を負担し居り訴外森田稔より其の弁済方を請求され現金の弁済が出来ない為に振出されたものであるが其の間の詳細な事情を証拠に基いて取調べると成立に争のない甲第一号乃至第六号証原審証人横田彦太郎、同遠越善次郎、同奥野清、同堀口七郎、同松岡進、同倉田光雄(第一回)同森田俊雄(第一、二回)同森田稔(第一、二回)当審及原審証人渡辺貞造の各証言を綜合すると訴外富田証券株式会社は営業不振の状態に陥り社長の営業態度に付重役間に不満を持つ者もあり経営継続不可能の状態となつたので、社長及二三の重役と共に会社重役外の有力者も加はり再建整理委員会を組織し債権を取立て資力の充実を図り経営の再建を為すこととなり、訴外森田稔は其の委員長として中心的活動を為し、特に昭和二十四年末社長が行方不明となつてからは事実上社長の仕事を引継ぎ会社の債務に対し其の名に於て債務の支払方請求する書面を発送して居つたので、従つて訴外森田稔は会社の債務の弁済を請求する代理権を有するは勿論堀口七郎、松岡進等の単なる社員と異なり債務の本旨に従つた現金の弁済を受領するのみの代理権に止まらず、会社債務の性質、債務者の資力に応じ或いは分割弁済の契約を結び又は代物弁済和解等により会社債務を整理決済する広汎な代理権限を有して居たものと認めるのが相当である。而して控訴人等は前示訴外会社に対し債務を負担し堀口七郎、松岡進等の社員から屡々会社債務整理の事情を告知されて弁済方を請求されて居たが遂に委員長の森田稔より請求されて本件手形(控訴人井ノ口彌三郎は本件手形の他に甲第四号証の手形も同時に振出した)を振出したのであるが、其の際控訴人等は手形受取人を訴外会社と為すべきを、誤つて森田稔とした様な事情又は此の点に付き森田稔の欺罔行為に因り錯誤に陥つた様な事情は少しも認められず、却つて手形振出に当り森田稔より手形受取人を同人宛とすべき旨求められ之に応じたもので(前示証拠に加へて控訴人本人等の原審に於ける供述)従つて受取人を会社とせず森田稔としたことに付いては控訴人等は手形振出に当り十分自覚して居たものと認定する他ないのである。又振出に当り控訴人等が他に裏書を禁止する様な約定をしたとの控訴本人等の供述も前記証人堀口七郎、倉田虎雄(第一回)の各証言に対比して借信出来ず、寧ろ斯様な協定は毫も無かつたものと認めるのが相当である。他面に於て訴外森田稔は訴外会社に対して多額の債権を有して居つたが、同人は控訴人等の訴外会社に対する債務を消滅せしめて之と共に自己の会社に対する債権の内同額を消滅せしめ、其の代り控訴人等より本件手形(前掲の如く控訴人井ノ口に付いては其の外に甲第四号証の手形も加え)を振出さしめ様との考えを持つて居たことは明らかで、之れを右各債権を取扱つて居た訴外会社四日市支店の支店長であつた訴外森田俊雄に告げ同人は之れを了承して社員の松岡進に命じ帳簿(甲第五、六号証)に其の旨記帳させた(前記帳簿は証人松岡の証言に依り後日に至り日時を遡及記入したと認めることは出来ない)ことを認定することは出来るのであるが、本件手形振出に当つて森田稔は控訴人等に自己の考を明示して諒解せしめたと云う事実は此の点に関する被控訴本人の供述に依りては確認することは出来ないし他の之れを確認する証拠はない、然し森田稔は右自己の考えを特に控訴人等に秘して置こうとした様な事情も認められぬのであつて、手形振出の前か後かは確認出来ないが森田俊雄より帳簿に債務消滅の記帳をした旨を控訴人等に告知して居るが、控訴人等より之に対し異存を述べた事実は認められず、控訴人井ノ口の如きは却つて手形の一部支払に努力して居る事実が認定(前掲証拠の外証人堀内久弐、同倉田虎雄の各証言)出来るので控訴人等も森田稔の前記意図に反対しなければならぬ様な事情は無かつたことを窺知出来るのである。

上記の事実に基けば本件手形は毫も無効とすべき理由はないのであるが、手形振出の原因である控訴人等の訴外会社に対する負債は消滅するであろうかの疑問が控訴人等をして本来の債権者でない手形所持人よりの本件請求を拒否しようとする理由であること控訴人本人訊問に依り十分窺ふことが出来るのであるが、一般的に考えて抑も債務者が債務弁済の為債権者に宛て手形を振出した場合は特に反対の事情の認められない限り、原因たる債務は直ちに消滅しないで手形関係と併存し手形金支払に依り始めて消滅するのであるけれども、縦令手形金の支払なくも債権者が手形を有償又は無償で他に裏書した場合は、手形金の支払を受けるのと同様に此れも亦手形権利者が手形上の権利を行使し権利者として満足を得る一態様であるから裏書譲渡の時本来の債務は消滅すると解すべく、他面債務者が債務弁済の為債権者の指定する第三者宛の手形を振出した場合は反対の事情の認められない限り振出に依り直ちに債務は消滅すると解するのが相当である。本件に於て債権者の代理人が債務者に対し代理人自身に宛てた手形を振出すことを求めたもので上記と多少事情を異にし同一に論ずることは出来ないけれども前段認定の事実を要約すれば、

(イ)  債権者たる訴外会社は其の債権債務を急ぎ整理する必要あり其の代理人たる森田稔は債務の取立に付いて代物弁済更改等の広い代理権を有したこと。

(ロ)  森田稔は自己の主観に於ては控訴人等の会社に対する債務を消滅せしめ之れに代えて本件手形債務を残存せしめる意図の下に本件手形の受取人を自己とすべきことを求めたこと。

(ハ)  控訴人等は手形振出に当つて受取人を会社とすべきを錯誤により森田としたものでなく森田の指示に応じ受取人を同人として振出したもので振出に当り此の点を自覚して居たこと及裏書禁止の話合は無かつたこと。

(ニ)  振出に当つて森田は前示(ロ)の主観的意思を控訴人に明示したこと、其の他控訴人と森田との間に如何なる話合が為されたか其の内容は証拠に因り確認出来ないが、控訴人が前示(ハ)の行為を為さうと云う自覚的の意思を起す様な原因として何等かの交渉話合が為されたものと推定すべきは当然で、控訴人は手形振出の頃(尠くも振出後長い時を経過せず)会社支店長森田俊雄より会社の負債を消滅したものとして帳簿に記入したとの通知を受け乍ら特に之の点に遅滞なく異議を述べなかつたことより(ロ)の森田稔の意図は控訴人にとりても其の意に反するものであつたと考えられないこと。

等の事実が確定出来るのであつて斯る場合に於ては反対の事情の主張及立証のない限りは控訴人等も亦本件手形債務を負担することに因つて自己の会社に対する債務は決済されるものと考えて手形を振出したものと認める他なく、即ち前示(ニ)に摘示した森田と控訴人との間に行われたであろう話合は法律的には債務者の交替に因る更改又は手形を以て弁済に代へる代物弁済に相当する合意が明示的又は黙示的に為されたものと推定すべく、従つて控訴人等の会社に対する債務は手形振出と共に消滅したものと認めるのが相当で、森田が債権者たる訴外会社に対し手形を引渡したか其の他手形を如何に処置して会社に如何なる経済的利益を提供したかは控訴人の承知しない内部関係と云うべきである。

次に控訴人等は本件手形金の請求は信義則上許すべからざるものであると抗弁するけれども、森田稔の前叙行為は会社にとつては実質的に控訴人等に対する会社の債権を消滅せしめ、之れと同額の森田に対する会社の負債を消滅せしめたもので、会社にとり計数上損益はないけれども実質的に会社の不利を来すこと必ずしも絶無でなく、森田は会社に対し委任事務の処理上損害賠償の義務を負担することあり、又会社の他の一般債権者に対し詐害行為となり又は破産否認権の対象となることは勿論あるけれども、控訴人等に於て本件手形金の請求を拒否すべき法律上の理由とすることは出来ない。

上来説示の通り控訴人等の抗弁は何れも採用することが出来ないから控訴人等は夫々被控訴人に対し本件手形金及之れに対する各手形の満期日の以後である原判決主文掲記の日以降年六分の利息を支払う義務あり、被控訴人の本訴請求は正当で之れを認容した原判決は相当であるから民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条、第九十三条を適用して主文の通り判決した次第である。

(裁判官 北野孝一 石谷三郎 小沢三朗)

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